No.1514 野山に山野草を見に行く時は、必ず自分の過去の記事を見ます。 「去年は何日に見に行ったんだろう?」とです。 平地と違って数百メートルの山であっても、気温や降雪などの影響が強くて一週間や 10日の前後差が普通にあるんです。 今日一年ぶりに行った場所は、私の好きな「秘密の花園」のある「ときがわ町」の 山の中です。秘密と言いながら地図を載せたりしていますので、分かります😅 「奥武蔵グリーンライン」へと登っていく山道の途中です。 スミレの各種、イチゲ、レンプクソウ、エンゴサク、ネコノメソウ、ミヤマハコベ、 トウゴクサバノオ、ミツバコンロンソウ、キジムシロ、トリカブト、ヒトリシズカ などな…
林陽寺の枝垂桜を見てから毎年周辺を少しだけ散策しています・・・・・菜の花畑があったり毎年同じ場所に咲いているアミガサユリ(バイモ)を見たりして楽しんでいま...
今日の絵手紙同好会のテーマは「多彩や果物の断面」だった。人参と蓮根を持参しその他はネット化を検索して参考にした。全部で6枚描いた。 いろネットを見ているうちに、パプリカを切った時に面白い断面にぶつかることがある、として写真があったのでそれもお借りして描
東京銀座を象徴する時計服部時計店精工舎・セイコーなんと、1881年(明治14年)12月服部金太郎は、服部時計店を創業中古時計の修理の店から出発した明治時代は、個人が時計を持つことはほとんどなく舶来品、輸入品の時計が主流。それを、人々の生活のなかに時を刻む時計を浸透させた。店を出した初めのころ、火事にあう。その後1892年、大きな工場=精工舎を建てて人々の需要を満たすようになって関東大震災にあう。その後の仮店舗を出したとき、お預かりしていた時計は、新品でお渡しする。「これは利害でななく、お客様とのつながりである」いつも遠い先を見つめていた服部金太郎の精神はいまに引き継がれているようです。災害、困難にあったときくじけず前向きになれる人が新しい道を切り開いていく。復興支援コンサートをしているらしい。初めて懐中時...服部時計店「黄金の刻」
護国神社の鵜飼桜を見てから水の資料館でミツマタやヒュウガミズキを見ながら散策してから予定の順序通り岐阜市岩田にある林陽寺へ枝垂桜を見に行きました・・・・・...
みなさまは災害に備えてどんなことをなさっていますか。私は2リットルのペットボトルを1箱(12本)だけは毎年消費期限を気にしつつ準備していましたが、そのほかは、何もしていません。そこで、今年は思い立って三育フーズのローリングストックセットを購入してみました。箱の中には、2人の3日分グラノーラ160g2玄米グラノーラ130g2にんじん55(食塩無添加ジュース)190g6デミグラス風野菜大豆ボール100g2完熟トマトソース大豆バーグ100g2野菜と豆のカレー180g4ベジタブルキーマ風カレー140g2このほかに、水・豆乳・ごはん味噌汁・スープ(濃縮やフリーズドライの)お茶・甘味品(ビスケット・羊羹など)があればいいそうです。備えあれば憂いなしといいます。なんだか、お守りのような食品セットの箱。これを、使わなくて...災害に備えて三育フーズローリングストックセットを
ヒイラギソウ(柊草)・ヤマブキソウ(山吹草)・フデリンドウ(筆竜胆)・レンゲ(蓮華)・オドリコソウ(踊子草)・ホタルカズラ(蛍葛)・ルリハムシ・
▲ヒイラギソウ(柊草)<シソ科キランソウ属>いつも、この花に会いたくて、野川に行く。今年は、数が少なくてまだまだ蕾の方が多い。山地の木陰に生える。花冠は青紫色で上唇は短く2裂し、下唇は3裂して中央の裂片が大きく前に突き出ている。群落で咲くと美しい。和名は葉が柊に似ていることによる。▲ヤマブキソウ(山吹草)<ケシ科クサノオウ属>花は、山吹に似て鮮やかな黄色の花を咲かす。山麓や平地の林下に群生する多年草。根生葉は長い柄のある羽状複葉で、5~7枚の小葉からなる。小葉の縁は不規則に切れ込み、鋸歯がある。上部の葉のわきに黄色で径4~5センチの4弁花をつける。▲フデリンドウ(筆竜胆)<リンドウ科リンドウ属>ここ数年は、いつもの場所に咲いていなかったので、久しぶりにフデリンドウに出会えた。ここなら踏まれなくて済むからた...ヒイラギソウ(柊草)・ヤマブキソウ(山吹草)・フデリンドウ(筆竜胆)・レンゲ(蓮華)・オドリコソウ(踊子草)・ホタルカズラ(蛍葛)・ルリハムシ・
白鳥やガン、ヒシクイ、オジロワシなど、北へ帰る水鳥たちがいる反面、南からやってくる鳥たちもいる。草原を歩いていると、突然頭上高くからヒバリの囀る声が聞こえた。広い青空天高く、小さなヒバリを見つけるのは至難だが、偶然にも見ることができた。ヒバリが今年もやってきた。ヒバリがやって来た!
今日から4月です。二十四節季では、4月5日頃が清明=万物が清く明るく生き生きと見える、4月20日頃が穀雨=穀物を潤す雨が降る、だそうで合っているような合っていないような。 2月に極めて暖かい日があったり3月に真冬のような日があったりして、桜の開花も気象
No.1513 昨年の12月に、我が家の家族ぐるみの友人が病気が原因で亡くなりました。 ご主人を何年も前に亡くされてお一人で暮らしをされていました。 山野草や楚々とした草花が大好きなご夫婦でした。 樹木で一番好きなのが「夏椿:別名沙羅の木(シャラノキ)」。 そうです!夏に爽やかに咲く真っ白な花です。 私と嗜好が良く合いましたので、何度も家に伺って大事にされている草花を 見せてもらっていました。 そして時が流れ、彼女が病気にかかっている事が知らされました。 そう簡単には治療が出来ないものでしたので、私も顔を見るたび辛かったです🥲 そして・・・遂に。 少し時が過ぎ、息子さんたちが「母が大切にしてい…
『水の資料館と水の体験学習館のミツマタやヒュウガミズキの咲く風景』
護国神社近くにある『水の資料館と水の体験学習館』に行きました・・・・・水の資料館は岐阜市が管理運営している上水道に関する資料館で市民に水道への関心と理解を...
~英雄たちの選択~大河ドラマ「八重の桜」の新島八重の兄山本覚馬****解説より引用*****山本覚馬は、大河ドラマの主人公・新島八重の兄。会津藩士の彼は、戊辰戦争中、京都に幽閉されていたが、その後、焼け野原となった京都復興に尽力、恩人とまでいわれる。山本覚馬の京都復興の秘策は、「博覧会」と「教育」にあった。日本初の博覧会を京都で開催し、外国人を招き入れて、西陣織をはじめ京都の地場産業の振興につとめた。さらに、人材の育成のため、学校教育を奨励し、とりわけ女子への教育に力を注いだ。会津藩士である山本覚馬が、なぜ京都復興を実現することができたのか?その数奇な運命をたどる。*************大河ドラマ「八重の桜」は、私の歴史観を少し変えました。それまで薩長側から語られる歴史しか知りませんでした。しかし、敗...博覧会で京都を救え八重の兄山本覚馬
さて今月も最後、先月の休みなしに対して、今月はやっと半分投稿できたというところ。まあ普段はこんなものだと思う。川柳はたくさんあるが絵手紙は月の半分はきつい。でも今月くらいは描いていきたい。春や春花は木瓜でも俺は呆け
閑静な住宅街の花壇からあふれるように咲いていたシレネ・ピンクパンサー。初めて見た時は何かにそっくりと思ったけれどどうしても思い出せなかった。今になってやっと出てきた。ムシトリナデシコ、または、フシグロセンノウ。それもそのはずで、ナデシコ科だった。で、シレ
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